虎Jr.左腕からも二塁打&三盗。身体能力お化けの“拠り所”

2026.05.23 |更新日:2026.05.24 注目戦士
虎Jr.左腕からも二塁打&三盗。身体能力お化けの“拠り所”

【2026注目の逸材】

あとやま・はる

後山 晴

[千葉/6年]

とよがみ

豊上ジュニアーズ

※プレー動画➡こちら


【ポジション】遊撃手、投手
【主な打順】一番
【投打】右投右打
【身長体重】150㎝39㎏
【好きなプロ野球選手】坂本勇人(巨人)
※2026年5月16日現在

※背番号の登録は「6」。22番㊦はチーム保有のセカンドユニフォームの番号

ハンパない足腰

 ふと、素に戻れる空間がある。悩んでも、立ち戻れる原点がある。言うなれば、確たる“拠り所”。それが彼をスーパーの域へと誘い、この先も支えていくことになるのだろう。
 千葉県の名門、豊上ジュニアーズのリードオフマン。遊撃を守れば俊敏かつダイナミックで、マウンドに立てば105㎞超のスピードボールを投じる。後山晴は文句なしに、世代屈指の三刀流だ。


昨年11月の関東新人戦は2試合に救援登板。球速は3ケタに達することもあり、最速102㎞だった

 意外にも、第一志望は「投手」と語る彼にあえて、セールスポイントを問うと――。
「足の速さとか、肩の強さ。あとは心。負けない気持ちです」
 身長は150cmにようやく達したばかりで、体重は40㎏に満たない。それでいて、50mを7秒04で駆けるのだから、末恐ろしい。

1学年上の代でも輝きだしたのは、2025年3月の東日本交流大会あたりから


 チームの1学年上の代は「日本一」の呼び声も高かったタレント軍団だった。後山は4年秋(新5年生)から、そこに割け入って正遊撃手となり、秋の新人戦(関東大会出場)から、翌夏の全国大会(全日本学童マクドナルド・トーナメント)までフル出場している。
 全国準々決勝では、後に阪神ジュニア入りする出色左腕の藤本理暉(関連記事➡こちら)からタイムリー二塁打。さらに三盗も決めてみせた。

2025年夏の全国大会は関東勢で最高となる8強入り。㊤写真の右から2人目が後山

「全国大会は一人ひとり、選手が頑張っている姿が輝いているなと感じました。(レベル的に)自分も通用するとは思ってたけど、やっぱり、その中にもすごい選手はいました」(後山)
 髙野範哉監督は7回目の全国さい配だった。後のNPBジュニアや甲子園球児など、有能な選手を複数輩出している名将は、後山をこう評価している。
「まだ子どもの身体なのに、あれだけ足が速いのは大きな魅力ですよね。ショートの守備は5年生から抜けてましたし、あのスピードを生む瞬発力があるから、打球も飛ぶんでしょうね」

2025年の全国準々決勝(対京都・伊勢田ファイターズ)。1回裏、六番・後山は左越えの適時二塁打㊤に続いて、三盗にも成功㊦

 右打席から広角に打ち返せる後山だが、突出しているのは左方向への打球の伸び。インパクトの直後は、左翼手の正面と思われたフライやライナーが、その頭上や70mの特設フェンスを越えていくこともある。
 この1年間で、筆者もそういうシーンを何度も目にしてきた。そしてその打撃を写真で見返すと、必ず共通しているのが軸足(右足)のえげつない踏ん張り。強じんな足腰によって大地の反力を存分に得て、それをまたスイング力へと転化している。

写真㊤から2025年6月の千葉県大会決勝、同11月の関東新人戦準決勝、2026年2月のフィールドフォースカップ準決勝

 フォロースルーでは右ヒザが深く折れ、足首はそれ以上、ありえないくらいの鋭角に。それでも、つま先でがっちりと地面を噛んでおり、体勢は微動だにせぬほど安定している(=㊦写真)。それゆえ、手にするバットの先端が猛烈に走り、シャープに振り抜けるのだろう。

2026年3月29日、東日本交流大会2回戦(対神奈川・清水ヶ丘ジャイアンツ)


 奇しくも、同様のフォロースルーは1年前の主将で、学童野球メディアの『2025MVP』でもある神林駿采(➡こちら※現中1)にも見て取れた(=㊦写真)。“稲妻スイング”で逆方向へもサク越え本塁打する神林は、50mを6秒台で走るのではないか(未計測)と言われてきた韋駄天でもあった。
「1年前の神林先輩が目の前に現れたとして、走って勝負したら、どうなるかな?」
 訊かれた後山はニコリとしながら即答した。
「勝てる!」

ヤクルトジュニアでも主将を務めた1年前の神林もまた、図抜けた脚力の持ち主だった

 後山はこの1年だけでも、構えやテイクバックが時々の調子や指導に応じて変化をしてきた。でも変わらないのは、右足の踏ん張り。それこそは常人には遠く及ばぬ域(長所)であり、バットマンとして立ち戻る原点なのだろう。きっと、これから先も。

天然のマジメ一本槍

「ハル(後山)がチームにいると、絶対に勝てるという安心感が高いです。友だちの中にいても彼はマジメ? はい、めっちゃマジメです!」
 同級生の後山について話してくれたのは、昨夏の全国大会でも二遊間を組んだ玉井蒼祐(=㊦写真)。

 また、名将を支える原口守コーチ(=㊦写真)の口からも、真っ先に同じ3文字が飛び出した。
「後山はとにかくマジメ。監督やコーチの話を聞いて、それをすぐに実行してくれる、頑張り屋さんですね。練習の準備とか後片付けとか、そういう部分もボクは口うるさいんですけど、彼はイヤな顔ひとつせずに、いつも率先して。そういう面でも、今年のチームにとっての救いかなと思います」


 人となりは、フィールドでも随所に読み取れる。1分間のプレー動画には収められなかったが、例えばネクストバッターズサークルで攻撃が終わったとき。後山はスッと本塁方向へ走っていって、打ち終わりのバットを手にベンチへ。あるいは自らが走者で本塁に生還すると、相手捕手のマスクも拾い上げて手渡したり。ごく当たり前に、さり気なく。
 そういうパーソナリティゆえだろう、小学校では学級委員も務める。父親の仕事の関係で千葉県の柏市に越してきたのが、3年生の6月。それまでは、自然の豊かな三重県の鈴鹿市で育った。
「小さいころから外で走ったり、木に登ったり、お父さんと鬼ごっことかボール遊びとか。いろいろやってました」(後山)

監督の顔を見て話を聞く姿は、下級生のときからずっと変わらない

 きょうだいは妹が1人。とにかく運動好きの長男坊は、就学前からラグビーやサッカーに興じた。今日のズバ抜けた身体能力の礎は、そこで築かれたようだ。そしてひとつの転機が、小学1年生の夏に訪れる。
「サッカーをしていたときに、隣のグラウンドでソフトボールをしているチームがあって、お父さんに『あそこに入りたい!』と言ったら、『どうぜなら野球のほうがいいんじゃない?』と言われて、地元のチームに」


スピードに加えて、ボディバランスも出色。遊撃守備での打球アプローチは野性味すら感じる

 スリーベルズ野球スポーツ少年団(三重)に入門するや、野球の虜に。ラグビーとサッカーでも相応に活躍しており、後ろ髪を引かれる思いもゼロではなかったらしいが「やっぱり、野球のほうが楽しい。打つのも捕るのも投げるのも、みんなで協力して点を取ったり、アウトを取ったりするのも楽しい」
 もうひとつの転機は、豊上との出会いだ。3年生で転校した先の小学校で練習している野球チームがあり、迷わず入団。そのチームが、全国大会で銅メダルを2つ獲得している強豪とは、知る由もなかった。


「みんなレベルが高くて、スタメンに入れるか最初はちょっと不安でした」
 でも、その身のこなしは、名将の目にも一発で留まったという。「(後山を)初めて見て、この子は良くなるんじゃないかなと。野球で鍛えられているなという感じではなかったけど、スピーディーで運動能力がありました。技能的には学年で3、4人が同じようなレベルだったんですけど、後山が抜けてきましたね」(髙野監督=㊤写真

背中を押し、支えるもの

 成長をより加速させたのは、人一倍のマジメに違いない。かといって、背伸びをしているような必死さや、抑圧されているような息苦しさを感じない。それを率直に伝えると、本人からこんな答えが返ってきた。
「夢中になったら、そのことにはマジメになる、という感じです」


 大好きな野球がもっとうまくなりたい。誰にも負けたくないし、もっと勝ちたい。そうした強い想いが、自らを律して背中を押しているのだ。父・和樹さんの証言もそれを裏付ける。
「素直でマジメで、練習もすごくいっぱいするんですけど、本人は努力をしている自覚があまりないみたいで、親が止めに入らないと、いつまでもやっちゃうような感じ。それくらい、野球が本能的に好きなのかなと思います」


 聞けば父も学生時代は、学年トップを争うほどの健脚の持ち主だったという。茨城県で生まれ育ち、小1から高校まで硬式野球一筋。現在の後山と同じく、「一番・ショート」がお決まりだった。野球の道は高校で断念したが、その無念を息子に転嫁したことはない。躾を除けば、ものごとの強制もゼロだそうだ。
「親子でも人格は違うと思いますし、親のボクが目的をもって息子を育てたというよりは、逆にボクのほうが親にしてもらっている感覚もあります」(和樹さん)

マウンドに立っていると自分が注目されていると感じるので、ピッチャーが一番好きです」(後山)

 野球はミスありきのスポーツ。日本一をうかがうチームの看板選手とはいえ、すべてが意のままに運ぶことはない。結果が伴わないことや、思わぬポカもたまに。責任感から負のスパイラルに陥ることもあり、時には指揮官からの叱責も。
 週末の野球からの帰り道。車のハンドルを握る父の隣で、後山は静かに涙を流していることもあるという。だが、そういうときの息子は何も言わず、父もまた口を開かない。

昨秋の関東新人戦は準決勝で惜敗。後山ら何人かには涙も

 以下は、和樹さんの弁。
「朝から1日時間を共有していれば、アレをずっとガマンしてたんだなとか、ポイントは分かるので、(息子が涙しても)そっとしています。うまくいかないとか悔しいときに、人は他責にしがちですけど、あの子は何かを人のせいにするようなタイプじゃないといいますか、自分の世界観に入るみたいなところがあるので」
 勝負の世界で揉まれた後に、ふと素になれる。踏み込んでいた心のブレーキを、やんわりと解放できる。そういう空間が父との日々に存在していることが、後山の安定剤であり、アクセルをまた全開にさせてくれるのかもしれない。


「今年はまず全国制覇をして、その後に(NPB)ジュニアにも行って、日本一良い選手になっていきたいです。将来はまず甲子園に行って、そこから巨人に入ってメジャーまで行きたい」
 どれもこれも至難である。が、この子ならば、と思わせるのは“拠り所”のせいもあるだろうか。将来の夢がひとつでも叶えられたときには、またインタビューを申し込みたいと思っている。聞きたいのはもちろん、少年時代の“無言の涙”や親愛なる父とのその後について――。

(動画&写真&文=大久保克哉)


◆この記事をシェアする